チャプルテペク城(国立歴史博物館)
チャプルテペク城はチャプルテペクの丘の頂に立つ。丘の名はナワトル語で「バッタの丘」を意味し、メキシコの権力の変遷をひとつのスカイラインに凝縮している。1780年代に副王の避暑の隠れ家として着工され、のちに要塞となって、1847年の米墨戦争で士官候補生が命を落とした。彼らは「ニーニョス・エロエス(少年英雄)」として記憶されている。1860年代には皇帝マクシミリアンと皇后カルロタのために改装され、その後は1940年まで大統領の施設として用いられた。現在は国立歴史博物館が旧宮殿を舞台に、メキシコの過去を「生きられた経験」と「争われる記憶」として提示している。
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